憂鬱な日々の思考

 この先の人生について幾度となく思案し、将来のために成すべきことを模索し、勇気を持って取り掛かろうとした。しかし怠惰なこの性格と臆病心が私を挫折に追い込み、いまはただ億劫な気持ちを抱えたまま死について考えている。自殺をしたいというよりは、恒常的に湧き出てくる不安から逃れることが一番の目的だ。自殺はあくまで手段であり、もしかしたら精神薬などが貰えるのならそれでも果たせるのかもしれない。だが病院へ赴いて自身の内側を語るなど恐ろしいことのように思える。

 社会との繋がりは大切なものだ。人間は家族以外の共同体に属していることを自覚しなければおかしくなる。考えはどんどんと悪い方向へと引きずり込まれ、自分の価値を認めることができなくなる。普通であれば他者とのコミュニケーションから得られる自身の存在価値が、いまはどこにあるのかわからない。
 私は学歴も資格も技術もろくに持ち合わせていない。世俗の価値観に染まってこれらに人間としての価値を見出そうとする私自身の考えにも辟易とするが、意識してこれを根本的に変えられるわけでもない。

 たぶん、すぐにこの希死念慮も消え失せると思う。しっかりと夜に寝て、外を出歩き、人と話すことができれば、また思考も健全化する。でも、この気持ちを文章として残しておこうと思って、これを書いた。